楠森堂ブログ

3年に1度の貴重な体験!?うきはの歴史的土木遺産「袋野隧道」探検10/4(日)開催!!

うきは

~第7回 大春の歴史たんけん 『袋野隧道を歩こう』~
袋野隧道(ふくろのずいどう)とは、全長2㎞に及ぶ灌漑用のトンネルで、350年程前、吉井町の大庄屋田代重栄親子が私財を投じて完成させた歴史的建造物です。
この取組は、地元の先人の偉業をうきはの未来を担う子どもたちに伝えたいと、地元の山春小学校・大石小学校PTAや地元関係者が中心となって結成された実行委員会が20年程前から3年に1度探検会を実施しています。
隧道内の壁には鶴嘴(つるはし)やノミの掘り跡が見られるほか、当時はサザエの貝殻の中に菜種油を入れて火を灯して明かりに利用しており、探検会で再現され、隧道内の後半では幻想的な世界が広がります。
隧道は普段立ち入り禁止。日ごろ入る事のできない隧道の中に、まさに潜入できる貴重な機会です!
●日時 平成27年10月4日(日) 午後1時受付
●受付場所 うきは市浮羽町三春(袋野) 田栄神社前(たさかじんじゃ)
●参加方法 参加料無料。当日現地で申込み。(小学3年生以下の場合は保護者の同伴が必要)
●所要時間 2時間程度
●持ってくる物 懐中電灯、タオル、濡れて良い靴、着替え等
●水・泥がたまっている所を歩きます。長靴やサンダルは水が入ったり泥に埋まったりで歩きにくいので禁止とします。
汚れても良い運動靴でご参加下さい。
主催 袋野隧道たんけん実行委員会
お問い合わせ 田辺(090-7444-2061)、または、私 河北(090-1081-8816)まで(^^)
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【 袋野隧道とは 】
袋野隧道(ふくろのずいどう)は、今から約350年前の江戸時代初期に浮羽町袋野に掘られた全長2キロに及ぶ灌漑用 農業用水地下水道の事です。
一帯は江戸時代、近くを筑後川が流れるにもかかわらず、土地が川よりも高く水利が極めて悪く頻繁に干ばつが起こり、苦しむ農民の窮状を見かねた当時の大庄屋、田代弥三左右衛門重栄(たしろやそざえもんしげよし)、重仍(しげより)父子が地域の荒野に水路を開く決心をし、私財を投じて完成させた歴史的建造物です。
田代重栄
【田代 重栄の肖像】
断崖と丘陵よりなる袋野地域、急流の筑後川さえ “厳しいS字” に湾曲させるほどの固い岩盤を掘り進むという、当時、狂人沙汰としか思えない難工事…  到底百姓や大工の力でできる工事ではありませんでした。
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【今の袋野付近。上流の夜明けダム完成により現在は水量が調整されている】
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そこで重栄は山陽、山陰筋の金山から抗夫数十名を雇い入れるとともに、鍛冶屋を呼び寄せて多数の鶴嘴を作らせました。
ダイナマイトを使用する等といった今日のように進歩した時代ではなく、抗夫数名を順番に交代させ、鶴嘴(つるはし)の力を頼りに毎日わずか2、3尺(約60㎝から90㎝)ずつ掘り進むという地道で極めて大変な作業でした。
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【鶴嘴(つるはし)】
灯りの無い洞窟では、坑内を照らすために、サザエの殻に菜種の油を入れ、、灯心に火を灯して、わずかな灯りのもとで開削に従事したのでした。
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【サザエの殻の灯火】 ※隧道探検当日再現されます。
1672年6月上旬、「獺の瀬(うそのせ)」という岸壁から掘り進み、70~90mおきに外部から横穴を掘り石塊を出しては固い岩盤を掘り進み… 掘った抗夫をして、「これは後世、鬼神の仕業としか思われまい」と言わしめたこの難工事、翌年3月、ついに「鬮取場(くじとりば)」までの約2㎞の隧道(トンネル)を、何と “9ヶ月” で完遂させます。
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当時は、測量の知識が至って幼稚であり、至極大まかな見当で掘り進んだため、掘り直したところがたくさんあり、現在でもその痕跡を見ることができます。
さてこの隧道、貫通はしたものの、獺の瀬(うそのせ)の水門を開き導水を試みたところ予定の水量を得ることが出来ず、重栄は憤慨し、すでに自己資金も含め多大な借金状態でしたが、それでもなお、家財をつぶしてでもやり遂げるのが男子の本分だと覚悟、私財を投げ打ち続けざまに川に堰をつくる二期工事の決断をしたのでした。
いよいよ築堰工事が始まりましたが、そもそも筑後川は今の3倍の水量があったとも伝えられ、更に取水口のある獺の瀬近辺は急流で水深も深く、その瀑布の如き水勢は当時「総毛立ち魂消ゆる」と形容される程。
まさに、その川底に縦・横共に100メートルを超える石の堰を築こうという訳ですが水の流れは巨石さえ流す勢い。
人夫たちは恐れて一人として水中に入ろうとしませんでした。 そのような中、満60歳の高齢であった重栄は、大竿を水中に立てさせ、自らそれを逆さまに竹を伝って水底に入り、たくさんの井桁(いげた)の骨組みを据え付けたと伝えられています。
そして、神楽山という工事用の船2隻をつくり、6尺(約180㎝)立方の大石数千個を豊後の日田郡高野村、筑前の杷木山(神護石を使用した可能性も)より運び込み、それを積み上げて水流長さ64間(115m)、幅59間(106m)の大きな堰を完成させました。
その結果、水は滔々(とうとう)として水門に流入することとなり、この一大工事の結果、山春・大石・隈上地域が豊かな水田地帯となったのです。
獺の瀬の旧取水口と堰堤
【獺の瀬の旧取水口と石堰】 ※現在は夜明ダム完成により新たに取水口が設けられ、約500m上流の堰は水没し、堰の全容は見ることが出来なくなりました。
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【田栄神社(たさかじんじゃ)】
袋野隧道の工事を行った田代重栄は、隧道の上に造られた田栄神社に祀られ、地元 山春小学校の校歌の一節で、「田畑をうるおす貫水(ぬきみず)に、偉人の功(いさお)偲ばれて…」とその偉業が伝えられています。
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袋野隧道は現在も200ha以上の田畑を潤しています。
うきはののどかな農の風景や生活風景など魅力的で多彩な景観は、先人たちが長きにわたって培ってきた歴史、文化や営みの積み重ねによって生みだされているのです…
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~ 袋野隧道探検の注意と楽しみ方 ~
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隧道内では水や泥がたまっている所を歩きます。長靴やサンダルは水が入ったり泥に埋まったりで歩くのが極めて困難です。
汚れても良い『運動靴』でご参加下さい。
また、大人の方でもひざ辺りまで水に浸かる場所もありますので、着替え等もご持参ください。
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袋野隧道たんけん実行委員に配付される、探検会当日の人員配置図。
どろぬまち、しょうがいぶつ・かわそこにあな・ずいどうのまど(出たら死ぬ)(・_・;)?…
ちなみに、隧道内に進入後左折し、筑後川をまさに背にした水門前の折り返し地点を守るのは、探検開催年の山春小学校PTA会長が担わなければならないという事で、真っ暗闇に「私」が“びしょ濡れ”で寂しく立っております(^_^;)
参加される際は、できれば一番奥まで来ていただき声をかけて下さいね(ー_ー)!!
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実行委員 “サザエ班” の皆さんが、探検会開催直前にサザエの殻に菜種の油を入れ、、灯心に火を灯します。
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隧道内の後半には無数のサザエの殻の灯火が水面にも映り、幻想的な世界が広がります♪
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隧道探検は、全長約2kmのうちの800㍍を歩きます。 最後は隧道途中の縦穴から地上へ(^^)
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その他、コウモリや…
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ナマズやうなぎ…
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鯉など… さまざまな生き物との遭遇の可能性も!?

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