楠森堂ブログ

「魁皇」通算最多勝1046勝新記録達成!!河北家の祖先は相撲の神様!?

河北家

大相撲の大関魁皇は福岡県直方市の出身。
1988年の初土俵から23年、139場所こつこつと白星を重ねての新記録の達成。
出身地の福岡県のみならず、38歳の満身創痍の体で一生懸命相撲に取り組む姿は、全国の多くの方の共感を得ています。
その魁皇関が通算最多勝記録に並んだ日の新聞…
河北家にも深い繋がりのある、ある記事が載っていました。
[ 西日本新聞の記事より… ]
相撲の歴史は古代にさかのぼる。時代ごとに伝説の男達を生んできた。
平安時代には日田殿(ひたどん)と呼ばれて慕われた怪力無双の男がいた。
16歳で京の天覧相撲を制し、その後も京に呼ばれるたびに勝ち続けた。
名を大蔵永季(ながすえ)と言い、日田郡司を務める豪族でもあった。
日田神社(大分県日田市)に祀られている。
ただの力持ちではなく、郡司として善政で知られたがゆえに日田どんの愛称で呼ばれた、と語り伝えられる。

という記事です。
記事にあるように、大蔵永季は相撲の神様として日田神社に祀られており、現代でも日本相撲協会を始め、横綱など多くの力士が参拝に訪れているそうです。
実はその大蔵永季は、河北家の祖先でもあります。
河北家は、日田大蔵家の分かれ。
日田大蔵家の家紋は、
「日田大蔵家」家紋[1]
この様な珍しい形をしています。
この家紋は「洲浜紋(すはまもん)」又「相撲取り紋」とも呼ばれ、力士が取り組みをしている姿を表しています。
この紋は平安時代、京の天覧相撲での永季の強さに大変感心された「後三条天皇」から賜ったものだそうです。
実はこの大蔵家の州浜紋(相撲取り紋)の家紋を、楠森堂の敷地内の色々な場所で見る事ができます
CAI_0030.jpg 玄関
日田大蔵家 家紋[1] 裏門
家紋[2] 新座敷 鬼瓦
日田大蔵家 家紋 (1)[1] 敷地内の祖先を祀る神社
河北家は数系統あり、ちなみに現在私たち「楠森 河北家」で使用している家紋は…
家紋[1]
大蔵家の州浜(相撲取り)紋に「剣菱(けんびし)」が加えられた「楠森(系)」河北家独自の家紋。
角(つの)や剣がついているように見えることから「鬼州浜紋(おにすはま)」また「剣州浜紋(けんすはま)」とも呼ばれています。
河北家の最初の先祖は、初代天皇「神武天皇」の兄三毛入野命(ミケイリノミコト 又は ミケヌノミコト)とされています。
文献によると、その三毛入野命から十三世の子孫、現在の大分県日田市を領した「妙憧鬼」が日田大蔵家の初代、そして河北家の初代でもあります。
その妙憧鬼を初代とすると、大蔵永季は53代目(参考…日田大蔵家 or 豊後大蔵氏)と記録があり、私の父で94代目になります…
初代「妙憧鬼」から私で95代目、日田大蔵と分かれ現在の福岡県うきは市浮羽町の「隈ノ上」に移って来たのが今から約800年前の鎌倉時代、その隈上三郎 永隆を初代とすると私の父が35代目、現在家のある土地に移ったのが今から約650年前、今の土地に来てからは父が27代目…です
河北家の歴史の一部をご紹介致しましたm(__)m


 

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