楠森堂ブログ

「俳優 財津一郎」「歌手 財津和夫」と同じ先祖を持つ「河北家」。その先祖の話題が本日9/8”NHK”で放映

河北家

先日、 “タケモトピアノ “のCMでお馴染みの 俳優 財津一郎さんのご親戚からメールを頂き、本日9月8日 夜7時30分 NHK-Gにて放送される「ファミリーヒストリー」という番組で、バンド「チューリップ」のリーダー 財津和夫さんが今回特集され、財津家と河北家の共通の祖先、平安時代より豊後国日田郡(現・大分県日田市)を治めていた「日田大蔵氏」の話題が取り上げられるとのご連絡をいただきました。
『[NHK-G] ファミリーヒストリー「財津和夫~熊本藩士の誇り 新天地を切り開く~」 午後7時30分~午後8時15分』
家紋[2]
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財津家と河北家は同じ家紋の「州浜紋(すはまもん)」。
その家紋の由来は、今から900年以上前の延久3年(1071)、私から遡ること42代前の祖先で、生まれつき非常に力が強かった大蔵永季(おおくらながすえ)が京で開かれた天覧相撲に日田地方の代表として出場し、初めて出場した16歳のときから49歳までの34年間で15回連続日本一という相撲の記録を作ったとされ、その永季の強さに大変感心された「後三条天皇」から賜った家紋で「相撲取り紋」とも呼ばれ、力士が取り組みをしている姿を表した珍しい形をしています。
現代でも永季は“相撲道の神”としてたたえられ、大分県日田市の日田神社に相撲の神様として祀られています。
同じく、大分県日田市の「慈眼山 永興寺」には、延久3年(1071)永季が16歳で後三条天皇の京の相撲の節会(せちえ)に召され初めて上洛するときに、自分の等身大の毘沙門天(びしゃもんてん)を造立した像が現在も安置されており、国の重要文化財に指定されています。
『河北家の祖先、相撲の神様“日田どん”を祀る日田神社 ~ 2016.1.28 ブログ』
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“相撲の神”として称えられた「永季」から3代目の子孫「永平」の子、次男の「永秀」 (※ 財津家の祖先)とともに源氏についた三男「永隆」(※ 河北家の祖先)は、平家と戦い、長い争いの後、源頼朝が制覇し鎌倉幕府を開きました。勲功のあった永隆は、頼朝の御前において面目をほどこし、筑後 隈上の庄(現・福岡県うきは市浮羽町)を賜りました。
それ以来、隈上に城郭を構えて、隈上三郎永隆と号しました。この後七代の間、隈上城に居住しました。
「永隆」より日田家から分かれ、筑後での第一代目となりました。今から826年前の建久元年(1190年)のことでした。
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【参照】「武家家伝 財津氏」より
【参照】「武家家伝 日田氏」より
【参照】「大蔵氏 (豊後国) – Wikipedia」より
財津家は河北家と同じ大蔵永季公を祖先とし今までつないできました。
熊本県には、熊本財津家として熊本市・藤崎八幡宮に日田社を分祀し今でも祀られています。
NHKのファミリーヒストリーの9月8日放送の財津和夫(元チューリップ)の特集では、同じ永季公の血を汲む者として紹介されます。
熊本藤崎八幡の日田社は熊本地震の影響で鳥居などが崩壊し、今後の修復を検討されているそうです…


 

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