楠森堂ブログ

三和酒類 iichiko と アートディレクター 河北秀也さん

メディア掲載

昨朝の西日本新聞、三和酒類相談役 西太一郎さんが亡くなられたとの記事を目にし、東京の 河北秀也 さんへ記事をメールにて送付し お知らせした。

 

数時間後、 秀也さんからメッセージがあり、たった今 西日本新聞の電話取材を受けられた、とのこと。

昨日取材を受けられたという その記事が 今朝の西日本新聞に掲載されていた。

 

『〝焼酎ブームの立役者〟 死去の三和酒類 西太一郎相談役〝若手にも優しく〟』…

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その今朝の新聞記事もメールにて東京の秀也さんへ送付。

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■ アートディレクター河北秀也さん。

 

うきは市浮羽町山北、ここ「楠森堂」西側、

現在は〝柿畑〟となっている敷地‥ 昔その敷地に「西屋敷 ( 楠森西 )」と呼ばれる屋敷が存在していた。

その屋敷が河北秀也さんのルーツ。

 

 

秀也さんとはこれまでまったく面識はなかったのだが、一昨年、ひょんなことから やり取りが始まった。

私が長年取り組んできた文化財の家や日本古来の在来茶を守る取り組みの応援もしていただいている。

( ただただ感謝_(_^_)_ )

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↑ ↑ ↑

■ 三和酒類「iichiko」の文化活動、河北秀也さんが監修する学術誌「季刊 iichiko」。

https://www.iichiko.co.jp/design/library/

 

驚くべき偶然‥で、河北秀也さんとご縁ができた2020年、それとはまったくの別ルート、ほぼ同じタイミングで、ここ #楠森堂 が「季刊 iichiko」の特集ページの撮影場所となった。
奇跡的偶然‥

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■ 三和酒類 麦焼酎「いいちこ」と 河北秀也さん との関係、

今朝の新聞記事の内容でも触れてあるが、

1983年から現在まで40年にわたる iichiko デザイン‥  その商品企画、 パッケージ 、 ボトル 、 テレビCM 、 ポスター 、 雑誌広告 、 出版物 など〝 すべての企画デザインを長年担ってきたのが 河北秀也さん 〟。

【三和酒類「iichiko」公式ウェブサイト▶ https://www.iichiko.co.jp/ 】

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【 ※西日本新聞記事より抜粋 】

〝83年からプロモーションを担い、洗練されたイメージを確立させたアートディレクターの 河北秀也さん(74)は、これまで500近いポスターを手掛けてきた。

『 口出しはせず、すべてを私に任せるとの約束通り自由にやらせてもらった。 デザイナー冥利 (みょうり) に尽きる 』と語る。〟

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改めて西太一郎さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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■ —PROFILE—
アートディレクター
河北 秀也 (かわきた ひでや)

https://npo-plat.org/kawakita-hideya.html

1947年 福岡県生まれ
1971年 東京藝術大学美術学部工芸科ビジュアル・デザイン専攻卒業
1972年 東京地下鉄路線図デザイン
1974年 日本ベリエールアートセンター設立

【 ▷ https://www.belier.co.jp/

1992~2003年 東北芸術工科大学デザイン工学部情報デザイン学科教授
2009~2013年 東京大学大学院都市工学科非常勤講師
2003~2015年 東京藝術大学美術学部デザイン科教授
        東京藝術大学名誉教授

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■ 東京藝術大学2年時、
「サクマ製菓」 でアルバイトをしていたときに手がけられたのが、
お馴染みの『 いちごみるく』
そのパッケージ、可愛い包み紙のデザインは河北秀也さんによるもの
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〖↓ ↓その誕生秘話↓ ↓〗

https://j-net21.smrj.go.jp/special/popularfoods/2012050901.html?fbclid=IwAR3MyNobQ-1qu7Bzx0nZteEEfvCdr7xgl41PdqkaQImDLj9UzkAV5QeZsik

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■ 色分けされた〝鉄道路線図〟

普通に全国で目にするこのデザイン、

実はこの路線図、

河北秀也さんが東京藝術大学卒業制作として作り始めたが間に合わず、卒業翌年に路線別で色分けした『東京地下鉄の路線図』を営団地下鉄(現・#東京メトロ)に持ち込み、採用されたという。

それが始まり。

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■ 旧営団地下鉄のマナーポスターシリーズ(1973~82年)は大きな話題となった。

あまりの人気に、ポスターを剥がし持ち去る盗難も多かった‥とも

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■ ゴールデンボンバー(金爆)が「いいちこ」のCMに出演

メンバーのひとり 樽美酒研二さんは、うきは市吉井町出身。

ゴールデンボンバーをCMに起用したのは、鬼龍院翔さんの歌唱力が素晴らしかったからだそうです。

樽美酒研二さんはたまたま偶然 うきは市出身であったとのこと。
(素朴な疑問で秀也さんに訊ねてみた)

【「iichiko」CM (動画集) ▶ https://www.iichiko.co.jp/design/cm/ 】

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< 西日本新聞/朝刊/2022.1.25 >

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『〝焼酎ブームの立役者〟

死去の三和酒類 西太一郎相談役〝若手にも優しく〟』

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19日に83歳で亡くなった 三和酒類 (大分県宇佐市) 相談役の西太一郎さんは「下町のナポレオン」として知られる麦焼酎「いいちこ」を全国ブランドに押し上げ、焼酎ブームをリードした立役者だった。

ゆかりの人たちは哀悼の意を表し生前の業績をたたえた。

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三和酒類は同市の造り酒屋3社で1958年に設立し、59年に西さんの父が営む西酒造場が参加。

西さんは60年に生え抜き社員第1号として入社し、取締役に。

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営業畑を歩み、89年に社長、97年に会長に就任。

2009年から名誉会長、18年からは相談役を務めた。

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清酒の価格競争から脱しようと、社運をかけた「いいちこ」は1979年に発売。

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83年からプロモーションを担い、洗練されたイメージを確立させたアートディレクターの 河北秀也さん(74)は、これまで500近いポスターを手掛けてきた。

『 口出しはせず、すべてを私に任せるとの約束通り自由にやらせてもらった。 デザイナー冥利 (みょうり) に尽きる 』と語る。

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その人柄は同業者からも慕われた。

宇佐市の四ツ谷酒造の四ツ谷岳昭社長(52)は、「 大分の麦焼酎を全国区に押し上げた人だが威張ることもなく温厚で、自分みたいな若輩者にも優しく接していただいた 」としのび、

「 大分の麦焼酎の素晴らしさを次の世代に引き継ぎ、さらに発展させるのが私たちの役割 」と誓う。

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三和酒類とともに業界をけん引してきた霧島酒造 (宮崎県都城市) の江夏順行社長(75)は、「 業界発展に向けて尽力された多大なるご功績に心から敬意を表します。同じ営業の道を歩んで来られたということで勝手ながら親近感を覚えていました。

焼酎業界の発展を目指してきた仲間として惜別の念を禁じ得ません 」とコメントした。

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西さんは、大分県教育委員長や宇佐市観光協会会長なども歴任。

是永修治 宇佐市長は「 三和酒類の社業は宇佐市の文化そのもの。 社会活動にも大きく貢献いただき、感謝してもしきれない 」と悼んだ。

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2009年から10年余り、九州経済連合会の農林水産委員会副会長も務めた。

九州農水産物直販 (福岡市) の小田保社長は当時、九経連農林水産部長として欧州視察に同行。

「西さんが『一つでも気付きがあれば』と、積極的に質問されていた姿が忘れられない」と振り返った。

(後藤潔貴、古川剛光、吉田修平)

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〖 西日本新聞/朝刊/2022.1.25 〗

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